Mikatsuの本棚

本を読んだ感想など書いています

ゴミの社会学

乳児を育てていると、ゴミがとても増えた。特にオムツとミルク缶。オムツは毎週45Lのゴミ袋がいっぱいになる。とても重い。ミルク缶のゴミは大きくてつぶしたり重ねたりができないので、こちらもゴミ袋が一杯になる。指定ゴミ袋を買わなければいけない地域に住んでいるので、ゴミ袋をこれまでより早いペースで買うという地味な出費も増えている。ゴミ捨て場にゴミを捨てに来た近所の人も、ゴミ収集の職員の人も、きっとこの辺の家に赤ちゃんがいるのだと一目でわかるだろう。

自分の手元から離れてしまえば存在すら忘れてしまうが、ゴミには生活の情報があふれている。ゴミ清掃員の視点から社会を見る本を読んだ。

 

お笑い芸人マシンガンズの滝沢秀一氏のもう一つの職業がゴミ清掃員だ。もともとは生活のためいやいや始めた仕事だったが、複数の地域でゴミ収集をしていると地域ごとの特徴や流行に気づくようになった。そしてゴミ処理をめぐる問題や生活への影響にも目を向け始め、情報発信をするようになったそうだ。この本は学生に向けてゴミの分別を説いているだけではなく、今後の人生に関わる重要な話題としてわかりやすくまとめてある。

滝沢氏はゴミには人間性や社会性が出ているという。治安の悪い地域ではゴミ捨て場に袋に入っていないゴミがそのまま置かれていたり、可燃ごみの袋に缶やビンが「隠されて」いることもあるという。逆に高級住宅街のエリアでは、分別がしっかりしているところが多いそうだ。発泡酒の缶などのゴミは少なく、健康器具やワインのビン、高級そうな化粧品の容器もみられたという。そして捨てられるごみの量が少ないという特徴もあった。お金はあっても余計な消費をしない、きちんとゴミを分別しているからではと滝沢氏は分析し、自分の生活にも取り入れることにした。リサイクルできるものを分別するとごみの総量が減り、毎日買っていたペットボトル飲料から水筒持参にするとお金が意外と貯まることに気づいた。タバコもやめたそうだ。

ゴミを捨てる上で社会問題化したものの一つがリチウムイオン電池だが、他にも危険なゴミが多々あるという。包丁や竹串など鋭利なものは、段ボールか何かで保護するか「包丁」など紙を張っておいてもらえると収集員のけがを防げる。スプレー缶を可燃ごみに入れると収集車で圧縮する際に爆発することもあり、破損した収集車を新調するためには一千万円規模の税金がかかるらしい。捨ててしまえば自分には関係ないというわけにはいかないようだ。

ゴミには誰も興味がないと思うかもしれないが、ゴミは情報の宝庫だそうだ。住所の載ったはがきや段ボールを捨てると、住所がばれる。レシートをまとめて捨てること、何をどこでどれくらいの頻度で買っているのかもばれる。一人暮らしなのか家族がいるのか、子どもがいるのかもなんとなく把握できるだろう。粗大ごみは知らず知らずのうちに誰かが持って帰っているといったケースもままあるようだ。「自分の私生活なんて誰も興味ないでしょ」と思いたいが、自衛するに越したことはないだろう。

他にも具体的な分別ルールやごみ処理場の限界、税金がどのように使われているかについても知ることができた。

オムツはどうにもならないが、その他の部分で分別を進めることで改善できそうな点がいくつかあった。まずは自己利益のためでいい。ゴミについて考え、実践できるいい本だった。

 

 

しがらみと共に生きる

「長男だから」「若いから」「大人だから」「結婚したのだから」と、無意識のうちに自分も周りも「こうあるべき」という思いにとらわれている。押し付けられる価値観に守られたり苦しめられたりしながら、それぞれの人生を歩んでいる。

最近知り合った人のお気に入りの作家さんということで、自分の世界を広げてみようと思いこの本を読んでみた。

主人公の時田翼は32歳。お菓子作りが趣味で田舎の農協勤務。母親が出ていったあと、大酒のみの父親と二人で暮らしている。この本は彼と彼の周囲の人々が恋愛、結婚、家族などのしがらみに悩みながら自分の人生を歩もうとする短編小説だ。

家長制度、お酌警察、キラキラネームなど、本人の意思とは関係なく、やめたくてもなんとなくやめられないものがある。気にせず環境に溶け込める人もいる一方で、どこか息苦しさを感じる人もいる。どちらが善でどちらが悪と決めつけるでもなく、新たな出会いの中でこれまでの価値観が揺らぎ、人生の新たな一歩を踏み出す様子が丁寧に書かれた本だった。

 

 

離乳食がやってくる

来月で子どもが5か月を迎える。離乳食が始まる。何をどんな風に食べさせたらいいのか全くわからず怖かったので、図書館で離乳食に関する本を漁った。

本というのは大変コスパのいいモノだと思う。ネットで調べても断片的であったり、順序(この場合は離乳食の勧め方)が分からなかったり、信用できるソースか判断しかねることがあるが、本はそれがない(もしくは少ない)。見返したいところは付箋を貼っておけばいいし、この本に至っては月齢・年齢別の離乳食・幼児食の進め方が見開きの表になっていて大変分かりやすい。つくり方や必要な道具も写真付きで載っているので、動画のようにいちいち止めたり戻ったりしなくて済む。

一週間ごとにどの食材をどれだけ食べさせたらいいか載っているだけではなく、少量の離乳食の冷凍保存方法や調理のコツも書いてある。アレルギーチェックの項目も載っているので、個人差はあるかもしれないがおおよその進め方はこの一冊で把握できる。筆者の子どもも好き嫌いが多かったとのことで、偏食の子どもでも食べたレシピが多いのもありがたい。

5か月から6歳までこの本が使えるようだ。6歳なんてもう大人と同じものを食べているだろうと思うかもしれないが、大人も食べられるレシピのアイデアも満載なのだ。月齢が上がるにつれて献立形式になっていくし、栄養バランスも考慮されているので何も考えず作っていける。大人用と子供用のレシピなんて毎日考えられないし、作る時間はない。離乳食を始める前から大変心強い味方を手に入れた。

離乳食づくりがちょっと楽しみになってきた。

 

 

心地よい家事

小さい子どもがいると、そして外がだんだん暑くなってくると、自然と家にいることが増える。いつ起きるか、いつ泣き出すかわからない子どもがいると、隙を見て進めていた家事も中断する。料理も掃除も洗濯も、自分のペースで思い通りになんてできない。でも、そうでなくてもいいと思える本に出会った。

家事の本はよく読むほうだ。他人の家事術や家の様子、工夫を知るのが楽しい。だけど、この本でこれまでなんとなくもやもやとしていた家事に対する思いが言語化されたように感じた。

家にいることが増えると、当然家が汚れる頻度が高くなる。部屋の隅や棚の上の埃にもよく気づくようになる。本当は一気に掃除するのが理想的だけれど、なかなかそうはいかない(もちろん面倒くさいという理由もある)。そんな時筆者は、さっとティッシュを取って、手に届く範囲だけ拭くのだとか。ちょっとだけ、ちょっとだけをつなげていけば、次第に部屋全体がきれいになってゆく。ちょっとだけのつもりでも勢いづいて、思っていたより掃除できたりもする。

自分は料理が好きで、漬物やパンも作る。といっても、漬物は野菜を洗って切って漬けるだけだし、パンもほとんどホームベーカリーに材料を入れるだけだ。料理が面倒くさいと思うことがない。皿洗いも好きなので、食器洗い機は持っていない。しかしこういうことを言うと、「こだわっていますね」とか、「食器洗い機を使った方が効率的ですよ」というようなことを言う人がいる。相手の言っていることもわかるし、時短=効率的なのもわかる。けれど、好きなことまで短縮しなくてもいいのではと常々思っていた。筆者もこだわりたい家事はこだわっていいし、面倒な家事は楽をすればいいと主張しており、なんとなく救われた気持ちになった。

なにより、自分の中にすとんと落ちたのは、自分が家に帰ってきて(もしくは過ごしていて)心地よいと思える状態であればよい、というものだ。ついつい「こんなんじゃ人を呼べないな」とか、他人視点で考えてしまいがちだが、結局家で過ごす時間が一番長いのは家主なので、家主が心地よいと思える空間を作る方が重要なのだ。自分が心地よいかどうかを軸にして、部屋を整えていけばいいと気づかされた。

すべてお世話されるような場合を除いて、生きている限り家事はずっと続く。であれば自分に心地よい家事を見つけていくのがいいなと思った。

 

カウンセリングと心

妊娠中だった時から、何度か産後うつについての説明を受けた。入院中に臨床心理士さんを紹介され、何かあったら相談するように促された。

カウンセリングの効用について、個人的にとても懐疑的だった。専門家とはいえ紹介されただけの人に、自分のことをあれこれと話そうという気が起きないし、育児不安を話したところで、「話を聞くこと」が仕事の人が何かしてくれるとも思えなかった。薬の処方もない。では、カウンセリングは何をするのだろうか。

筆者はまず、カウンセリングの全体を俯瞰し、その原論を見出そうとしている。「カウンセリングは怪しい」と思われがちな点について整理し、臨床心理学の分岐についても触れている。「心の問題」は社会、身体、精神の影響を受け、自身で対処しきれなくなり、「心」をどうにかする必要が出てきてやっと、カウンセリングに行きつく人もいるようだ。

カウンセリングは生存と実存のどちらの問題に対処するかで対応が変わる。もし生存が脅かされるような問題(眠れない、食べられない、日常生活を送れないなど)であれば、ただ話を聞くだけではなく、問題の核を探りながらしかるべき機関と連携し、まずは体を整えていく。それから生存のための作戦を立てる。

日常生活は問題なく送れているものの、実存(生き方、人間関係など)において行き詰まっている人には、自身の内面を知っていく冒険としてのカウンセリングがある。人の心の柔らかいところに目を向ける作業は、年月を要したり心の傷をえぐって不安定な気持ちにされることもあり、カウンセラーとしての技能を要する。

この本では、生存、実存両方の例が書かれている。具体的なクライアント像を用いて、カウンセリングという「話を聞くこと」を通して、心が変化する様子を目の当たりにすることができる。そしてカウンセリングがどのように終わっていくのかのパターンについても説明されている。

「じっと話を聞いてもらう」ことは、どうしようもない「心」の問題に行きついてしまったときに必要なのかもしれない。

 

 

もーいもい

お久しぶりです。子どもが生後2か月になりました。

体感としては、もっと時間がたっているように思っていましたが、まだ5月半ば。いいような、悪いような。

0歳からの赤ちゃん向けの絵本があるようで、あれこれ調べていると、絵本の世界も奥深い。教育的な意図はあまりなく、親の趣味として絵本を買い始めた。

「もいもい」

特にストーリーがあるわけではない。出てくる言葉のほとんどが「もいもい」だ。赤と青の「もいもい」が大きくなったり小さくなったり、増えたり減ったり、形を変えたりしている様子が描かれている。

東京大学の赤ちゃんラボというところが作った本らしく、赤ちゃんの間で人気らしい。うちの子も気に入っているらしく、「もいもい」を読んでみせるとニコニコとする。こちらも読んでいるうちになんだか愛着がわいてくる。

大人になって絵本を見る機会がほとんどなかった。長く読み継がれている名作も、新しく出てきた人気作もこの機会にいろいろと読んでいきたいと思う。

 

 

自分という木

31歳でカフェと雑貨の店「くるみの木」を始めた著者の35年間と人生の在り方を綴ったノンフィクションを読んだ。

何気なく通った道で見つけた気になる場所で、カフェを開きたいと思い立ち、彼女の人生の歯車は回りだす。子どものころからの夢、祖母からの教え、人との関わりが好きな自分に気づき、次々と行動に移していく。自分という木を育てるべく、種を蒔き、環境を整え、剪定し、そして次の世代を見据えてまた種を蒔く。

奈良にあるカフェ「くるみの木」は現在も営業中のよう。お客さんの何気ない一言から追加されたメニューも健在で、筆者のこだわりが息づいているよう。人を大切にし、人に喜んでもらうためにはを常に考えていたという筆者の言葉にも納得できる部分がある。

晩年に向けて住まいを新しくし、人生を振り返るとともにこれからの生活ややりたいことに胸躍らされる章では、人生はこれからだという勇気をもらった。

自分という木はまだ小さい。環境を整えて、これからどんどん成長していきたい。