床屋の主人は、「死ぬのが怖い」と洩らしたこともあった。私はそれに対して、「生まれてくる前のことを覚えているのか?」と質問をした。「生まれてくる前、怖かったか?痛かったか?」
「いや」
「死ぬとはそういうことだろ。生まれる前の状態に戻るだけだ。怖くないし、痛くもない」(p.10)
本をめくって2ページで衝撃を受けた。
なんてことを言うんだろうという驚きと、もしかしたらそうなのかもしれないという納得と、その後に続く人間とは思えない死生観。
まあ、主人公は人間ではなかったのだけれど。
人生で影響を受けた本を挙げるとすれば、伊坂幸太郎の『死神の精度』はその一冊だと思う。バッハの無伴奏チェロ組曲を好きになったのも、奥入瀬渓流に興味を持って足を運んだのも、改めて読み返すまでこの本の影響を受けていたと気づかなかった。
死神の仕事は、上層部から指定された人間を7日間調査し、8日目に死ぬべきかどうかを決めること。たいていの場合は「可」の報告と共に対象者の死を見届ける。
彼らにとって人はただのタスクであり、特に共感したりもしない。ただ人を評価する点と言えば、音楽を作り出したことだけ。
死神を主人公にした作品は小説でも漫画でも数多くあるので、テーマとしてはよくあるともいえる。
ただこの本で好きなところは、人間に共感しない死神「千葉」と相手を同じ人間だと思っている対象者や関係者の会話が微妙にかみ合っていない点だ。千葉は割と真面目に「仕事」をこなし、長年の経験で培った人とのコミュニケーション能力を発揮しているつもりなのに、人間からはけげんな顔をされたり、馬鹿にしているのかとキレられたり、面白いですねと微笑まれたりして不服そうなのに笑ってしまう。
人間の力では及ばないものがあり、死神の力でも及ばないものがある、そういう余地の残されたところもいい。
生まれる前のことは覚えていない。死ぬことは生まれる前と同じなのかもしれない。死が怖いというのは、死ぬ間際に経験するかもしれない苦しみや痛みが怖いのだろうか。自分という存在がなくなってしまうということが怖いのか。
本自体は怖いものではないけれど、読後に考えされられる1冊である。
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