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記憶の中の恋

野菊の墓という短い悲恋小説を読んだ。

主人公の記憶の一部を切り取ったかのような話で、すぐ読み終えたけれどいつまでも考えてしまった。

 

恋愛小説の結末が悲恋になる要素には、たいてい以下が当てはまる

・身分の差(階級・家族間など)

・時代背景

・不運

・死別

 

野菊の墓はこの要素すべてをコンプリートしている。

・身分の差(階級・家族間など)

主人公の政夫は十五歳、中学への進学を控えている。いとこの民子は十七歳、当時は嫁入り先を考えなければならない歳だった。親戚間の恋愛は現代でも厳しい。

 

・時代背景

当時は結婚適齢期の娘が親戚とはいえ男性と親しくすること(二人で部屋で話したり出かけること)は大変はしたないとされていた。また、結婚の際女性側が年上であることも良しとされなかった。そのため二人は幼いころから仲が良かったが、年齢ゆえに家族や近所からたしなめられるようになる。

 

・不運

政夫と民子ははじめは純粋に互いを良い友人として思っていたが、(年齢による気持ちの変化もあったにせよ)家族たちの様子から次第に恋愛感情を抱くようになる。お互い高い倫理観を持っていたため理由もなく手を握ることすらなかったにもかかわらず、家族から非難され無理やり仲を引き裂くような仕打ちを受ける。民子は字を書くことができなかったため、政夫の在学中に手紙を出すことすらかなわなかった。

 

・死別

家族の強い勧めで嫁がされた民子は体を崩し、最期まで政夫に会えぬまま亡くなってしまう。のちに家族総出で政夫に詫びる描写は滑稽で悲壮感がある。

 

無邪気で幸せだった時期、お互いを意識し始め行動に一喜一憂する時期、心が通い合ったと感じられた時期、引き裂かれた仲に悲嘆にくれる時期、死別から終わりのない喪失感を味わい、今もなお記憶の中の恋を追憶する主人公は何度も何度も民子を想っている。

 

もし時代が違えば、もし二人が家族や親戚の言うことを振り切って、駆け落ちなどできるほど後先考えず行動できていれば、もし民子が字が書けていればとあれこれ考えてしまう。